横浜FCと横浜FCと横浜FCとあと横浜FCなんかに関して書いたり書かなかったりします。ほかの事を書くこともあります。
by naminos
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ:連載( 28 )
十三日間日本一周 drive07 2nd day 駅前にて
関門橋を越えるとすぐに高速は北九州方面へ分岐した。もう22時を過ぎようとしていたが、この辺りに来ると割りと交通量が多くなってきた。ナビ上では北九州市に入るあたりだ。街の明かりが見えてくる。思った以上に大きな街で少々驚く。
思えば地元を出てから鳥取島根山口と来て名古屋辺りを高速で抜ける以外はあまり大きな街はなかったし、夜景で見るとより一層大きく見える。港の規模は大きいのでそれもまた規模を大きく感じさせる要因なのかもしれない。ともかく、思っていたよりも大きな街だったのは確かだ。

しばらく北九州の東側を高速で抜ける。若松のICは街の西側に位置する。北九州という街は、中央部を大きな河が通り、東西に二分されていて、いくつかの橋がそれらを繋いでいるような構造になっている。見たところ東側の方が栄えているようだ。若松側はどちらかというと郊外といった感じのたたずまいである。

ICから一般道へ出てすぐに若松駅があった。22時30分ごろ駅前に到着した。あまり大きくない駅だがロータリーのようなものはあるし、駐車場もあった。まだ深夜には早い時間なので、人通りもそれなりにある。またすぐ先のメイン通りは結構交通量があった。

ひとまず到着した旨をメールする。しばらくして返事。

篠田>着いたの?マジで?
俺>マジ。つーか今どこ?
篠田>家だよー

・・・・。んー。とりあえず北九州まで来たし、このまま先進もうかなー。少し迷ったが、とりあえず返事を。

俺>駅までどのぐらいかかる?
篠田>駅まではすぐだよ
俺>じゃ待ってるから。10分ぐらいで着く?
篠田>まだ支度してないよー

・・・・・!。えーっと。んーっと。思えばまだ飯食ってなかったなあ。うーむ。女にこんなに悩まされたのは久しぶりかもしれない。それにしても眠いな。湯田の仮眠の効果はもう切れてしまったらしい。

俺>とりあえずクルマで仮眠とってるから、駅についたらメールか電話くれ
篠田>うんーわかったー

とりあえず来るってことか。まーいい。俺は寝る。眠りたい。







目覚めるとすでに日付は変わっていた。着信履歴はない。とりあえずメールしてみる。

俺>今起きた。もう来てる?
篠田>まだ家だよー。ねー本当に会うの?

・・・・・。朝までこのまま寝るか・・・・。

俺>いや会いたくないなら俺は夜のうちに福岡行くだけなんだけども
篠田>私はいいんだけど、会うと後悔するかもよ?
俺>そんなの会ってみないとわからんだろに
篠田>絶対後悔するって
俺>イヤならイヤとはっきり言ってくれたら俺だって無理にとは言わないってば。どうすんの。来るのか来ないのか
篠田>とりあえず行く
俺>じゃ待ってる。駅まで着いたら電話して。どのぐらいで来る?
篠田>10分ぐらい

支度はできていたらしい。しかし、チャットの時は気軽に会う会う言ってたのにいざとなるとこのガードの固さとは。少し意外に思いながらしばしすっかり人気のなくなった駅前で彼女を待った。

よく会話は交わしていたが、実のところ本人についての詳しいことを知っていたわけではない。チャットで本人が言っていることはだいたい聞いて(読んで)いたが、個人チャットはあまりやっていなかったので、表向きの篠田(仮名)というキャラについてしか知らないのかもしれなかった。
写真はもらって見ていたのでたぶんわかるだろうし、ケータイもあるので待ち合わせはあまり気にしてなかったのだが、こんな展開になるとは予想外だった。
正直、篠田という人物には惹かれていた。何しろ発想が面白い。俺の考え付かないところで発想する人間のようで、何気ない会話の一つ一つが面白かった。確かに一般常識や学校で習うような知識は疑わしいところが大いにあるのだが、そんなものよりもっと面白いことを多く彼女は知っていたし、学校の成績(当時は学生ではないが)は、他のチャットメンバーや本人の話を聞く限りではけしてよくはなかったらしいが、そんなお仕着せの価値基準では測れない独特の知能の高さを感じていたのだった。
なので本人にはぜひ会ってみたいと思っていたのだ。

本当に10分ほどしてメールが着信した。

篠田>駅前だけど
俺>どの辺?俺は北側のロータリーの駐車場だけど。紺のワゴン
篠田>北側ってどっち?

たまらず電話を入れた

「もしもし?」
『もしもし。』
「いまどこ?駅のどっち側?」
『本当に会うの?』
「まだ言ってるのかー。ここまで来て会わずに帰れるか」

後にして思えば「会いに来た」わけじゃなかったな。俺って嘘つき。ついでといえばついでだった。ただまあ用が無ければこの駅までは来なかったので会いに来たと言ってもあながち嘘ではないか。

『ほんとに後悔するからやめたほうがいいよマジで』
「そんなこと言われると怖くなるな」
『今なら間に合うよまだ』
「しかしどう後悔するか試してみたい気はする」
『知らないよ。ほんとに』
「で、どこにいるの今」
『駐輪場の方』
「駐輪場?どこだそれは。今駐車場なんだけどどっちの方?」
『わからない。○○駐輪場って書いてある』

あたりを見回すがそれがどこかわからない。この位置からは見えないようだ。電話を繋いだまま車から降りる。会話をしながら駅舎の角を曲がると、少し先に駐輪場らしいものがある。が、人影は無い。

「駐輪場はあった。どこにいるの?」
『近く』
「んー?」

駐輪場の前までいくとその正面に路地があって、彼女はそこにいた。

「いた」
『いたね』

僕たちは電話を切った。

つづく
b0060919_2501822.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-30 16:18 | 連載
十三日間日本一周 drive06 2nd day 九州上陸
俺>マジ。つーか今もう山口だよ

返事>山口ってよくわかんない

俺>近くじゃん

とは言うものの、隣の県じゃよく知らなくてもしょうがないな。神奈川に住んでて静岡の話をされて「よくわからない」と言っても別におかしなことはないはず。遠くから来ているとその辺の感覚が大雑把になってしまうのかもしれない。

返事>本当に来るの?ネタだと思ってた

おい。

俺>いや、無理にとは言わないけどな。都合悪ければ一気に福岡まで行くだけよ

返事>何時ごろ着く?

俺>9時か10時ぐらいかな。どこまで行けばいいかわからないけど

返事>若松って駅わかる?

俺>ナビあるから大丈夫。とりあえず向かうわ

洗車も済んだのでナビを北九州に設定してスタンドを出た。相手はイキツケのIRCチャンネルの常連で、当時はよく話をしていた。俺が知る上でもっとも天才的な女の子の一人である。仮に篠田さん(仮名)としておこう。
何も出発してからいきなりメールをしたわけではなく、計画の初期段階から「全国ぐるっと回るんだけど北九州もよろうかな」「いいよー、来て来てー」などと話はしていたのだ。のだが、さすがは天才である。人の話はロク聞いちゃいなかったのだな。とほほ。
このまま福岡まで抜けてしまおうかなと思ったが、北九州という街は見てみたかったし、なにより篠田嬢の実物に会ったみたかったということもあり予定通りのルートを選択したのだった。

本当はこの辺りで一泊するつもりはあった。それはイキツケの掲示板で全国一周を表明したところ「下関に寄ったらふぐ食わせてやるぜ」というナイスガイがいたからである。ふぐと聞いたらそれは寄らないわけにはいくまい。が、実際問題としてフグマスター(仮名)の連絡先がさっぱりわからない。イキツケの掲示板で呼んでもどうにもならない。鳥取砂丘の段階でモバイルからのぞいてみたが、早朝だったので誰もおらず、その段階であきらめていた。せめてメールアドレスぐらいは聞いておくべきだった。非常に残念だ。今でも悔やまれる。

山陽自動車道に乗ったあと、美東サービスエリアで休憩をする。さすがに疲労を感じるが、まだ動ける。メールが着信していたので見る。

篠田>ネタなんでしょ?

すんません。ネタじゃないんです。俺は社交辞令を真に受けてしまったダサ男くんのような情けない気持ちに支配されつつあった。空気読めなくてごめんなさい。とほほな気持ちでとりあえず返信。

俺>本当に10時ぐらいには北九州なのでネタじゃないです

篠田>わかったー。行くー

わかってくれてありがとう。とりあえず北九州へ行こう。話はそれからだ。

夜走ると景色がまったく見えないので旅の面白さは半減する。夜のドライブ自体は好きなのだが、観光旅行としてはあまり有意義とはいえない。美東から下関まではそれほど遠くない。そして下関から門司へ渡ればもうそこは九州である。四国まではガキの頃に行ったことがあるが、九州は初めてである。そういう意味でも気持ちは高揚していた。関門橋を渡るとき思わず声を上げてしまった。午後10時。わずか30時間となる九州滞在の第一歩であった。
b0060919_4273372.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-29 03:33 | 連載
十三日間日本一周 drive05 2nd day カルスト
萩から湯田温泉へは国道262号を通るのがメインルートなのかもしれないが、まだ日のある時間だったので、俺は秋吉台を経由して中国山地を抜けることにした。湯田温泉まで約1時間のルートである。ここまでの道程を考えれば目と鼻の先なのである。まだまだ疲労はない。旅を楽しんでいる感覚がようやくできてきたようで、見る景色見る景色がどんなものでも楽しくなっていた。旅先でテンションが高かったので疲労を感じなかったのかもしれない。

さて、秋吉台といえばカルスト地形や鍾乳洞の秋芳洞で科学の本ではおなじみの名勝である。一度は来てみたいと思っていた。萩から国道490号で秋芳町へ向かう。近くまで来ると秋吉台にちなんだ看板が増えてくるのでよくわかる。期待に胸を膨らませながら道を急ぐと、それは突然現れた。

b0060919_2272254.jpgカルスト地形というのは石灰岩でできた山が、侵食によって削られるときに削られにくいところとそうでないところが、石灰岩の侵食が早いために差が大きくなり、石灰岩の奇岩が数多く地表にむき出しになったものである。自分でも何言ってるかよくわからないが、とにかく山の上一面に白くてでかい石灰岩がわんさかむき出しになっているという特殊地形である。図鑑などの写真でちらっと見るのと、実物を見るのとは違う。
なんとなくもっと山奥の人気のないところに広がっているものだと思っていたのだが、実際は車道からすぐのところからぐぁわーとカルストである。おいおいそんなに気軽にカルストしてていいのかよというぐらいに思いっきりカルストだ。とりあえずクルマから降りて証拠写真を撮る。
これが秋吉台。カルスト地形か。ついに現物を見たという科学的感動にしばし身を浸した。
残念ながら秋芳洞には入れなかった。確かもう営業時間を過ぎていたからだ。

感動のカルストを後にして再度湯田温泉へ向かう。秋芳からは国道435号で山口市方面へ向かう。そろそろ午後も6時になり日が暮れて来た。思ったよりも順調に湯田市街地へ入った。湯田温泉は平地の温泉街である。今までどちらかというと温泉といえば山間部という印象を勝手に持っていたので、街中にいきなり温泉街が現れるというのは少し違和感があったが、思えばそういう街も少なからずあるわけで自分の固定観念を反省した。秘湯と温泉街は同じ温泉でもまったく別ものなのであったのだ。
ところでこの湯田温泉はいわゆる温泉街なので、その客層も温泉街に行く人らである。そのための需要かわからないが、街の入り口あたりには小繁華街がある。一杯ひっかける店からじっくり飲むような店からちょっとすっきりしたいような店までちらほら見かける。平坦な道のまま温泉街に突入していくのはやはり妙な感じがしたが、旅館やホテルが立ち並ぶあたりまで来ると、やはりなるほど温泉街なのである。浴衣で散歩する人も目に付くようになった。

目的のクアハウスはメインの通りから少し脇に入ったところだった。まだ新しくきれいな建物だった。温泉や銭湯というよりはどちらかというとフィットネスクラブのような雰囲気だった。チケットを買って中に入る。フロントで入浴セットをもらう。平日だがもう夕方なのでそれなりに人がいたが、広いのであまり混んでいるという感はしなかった。もちろん混浴ではない。
浴場の内部は広く、さまざまな種類の温泉が用意されていた。露天風呂もある。といっても平地なので空しか見えないが。
しばし体を洗いアタマを洗い旅の汚れを流した。湯船にゆったりつかると思わずうぃーっと声が出る。これは気持ちがいい。旅って本当にいいもんですね。ええ。

浴場の一角にはマッサージコーナーがあった。ていうか韓国あかすりだ。2000円か3000円からいくつかコースがあった。フルコースには非常に興味があったが、いくらなんでも俺が思うようなコースである可能性は非常に低いのでチャレンジはしなかった。どうしてもって人は街の入り口まで行けばいいしねー。

ひとしきり体をリフレッシュさせたあとは休憩室でのんびり仮眠。今日はまだ先がある。
クアハウスから出るときにとりあえずメールを送った。

湯田温泉を後にして郊外のガソリンスタンドで給油を行う。もう今日は600キロ以上走っている。給油も出発してから3回目。この旅はガス代がたっぷりかかりそうだ。やはり他の経費は抑えていくほかにないな。
出発前に洗車できなかったので、クルマがかなり汚い。これからデートだというのにこれじゃよろしくないじゃないか。とりあえず軽く洗車を頼んで休憩室に入った。地方紙があったので目を通す。山口県内の記事を眺め、知らない地名ばかりを見て、だいぶ遠くへ来たのだなあと実感した。

洗車が終わる頃ケータイに先刻のメールの返事が来た。

>え?マジで来てるの?

おいおい。

つづく
b0060919_2245812.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-28 01:50 | 連載
十三日間日本一周 画像追加 鳥取砂丘
鳥取の泥の山b0060919_048526.jpg
[PR]
by naminos | 2004-11-25 00:49 | 連載
十三日間日本一周 drive04 2nd day 古都・萩
米子から内陸部を走っていた国道9号は、出雲からまた海沿いになる。
出雲から大田、江津、浜田、益田と抜けていく。地名だけ並べると簡単だが、鳥取砂丘を出てから益田あたりで約300キロである。午後3時に益田を通過。あと1時間程度で萩に着かないことには後が困る。休憩もそこそこにひたすら日本海沿いを南西へ走り続けた。

そして午後4時前。どうにか萩のはずれの陶器店に到着した。萩市に入ってすぐのあたりのこの店は、ガイドブックに出ていたのでナビの目的地に設定していたのだが、なんだかいかにも土産物店という雰囲気で、正面には観光バスも何台か停まっていた。
体験教室や展示室などいかにも観光客向けの施設が並んでいて、ちょっと思っていたのとは違った感じの店だった。とりあえず店内に入り物色を始める。記念に1つ買っていこうと思っていたのである。
が、しかし、高い。うへえと声を出したくなるような高さだ。しかもなんかあまり俺の趣味に合うものがなく、どちらかといえば成金趣味な感じのものが、どうだ!とばかりに並んでいる。気に入ったものがあれば買うが、特に良くもなれば無理に買うことはあるまいと、10分ほどで店を出て早々にクルマに乗り込んだ。
店頭で萩のガイドマップを手に入れたので、とりあえずの行き先を探すと、どうやらこの辺りはまだまだ街はずれで、メインの萩は別のところらしい。早速移動を再開した。

萩市の中心部へはすんなりとたどり着くことができた。古都らしく静かな雰囲気の気持ちの良い街だ。観光用の無料駐車場にクルマを留めた。駐車場の脇に小さな陶器のほかに食品も扱っている土産物屋があり、そこのおばちゃんが声をかけてきたが「あとで寄る」と受け流して、徒歩で古い家屋が立ち並ぶエリアへ向かった。

b0060919_045860.jpg萩は吉田松陰の街である。松下村塾や伊藤博文生家など幕末にちなんだ史跡が多い。長州幕末の志士たちが過ごしたという通りには萩焼を扱う店が点々とあり、そこには自分が想像していた通りの萩焼が並べられていた。それらの多くは安くはないが、中には値段の手ごろなものもあり、土産に1つ買った。息子の食がだんだん太くなってきて、幼児用の器では足りなくなっていて、かといって大人用では大きすぎて扱いにくいため、代わりになる手ごろなどんぶりが欲しかったのだ。

b0060919_0425968.jpg買う段で店の主人としばらく雑談を交わす。萩の人間と山口の人間では気質が違うのだと言う。どっちがどうだと言っていたか忘れてしまった。平日で客も少なかったせいか、主人は丁寧に扱ってくれ、しばらく観光気分を味わうことができた。写真も何枚か撮った。夕暮れが近づいてきていたが、それもまたこの街の雰囲気を高めていて、最初の店で感じたがっかりかんはすっかり払拭されて、いい気分になっていた。
店の主人と話す中で、クルマで寝泊りしながら旅をしていると告げると、風呂などは大変でしょうと言われ、山口に抜けるなら湯田温泉が良いと教えてくれた。

駐車場に戻ると例のおばちゃんは団体客の相手に忙しいようでこちらに気づいてない。もう買うものは買ったので、すぐさま湯田温泉をナビにセットして萩を後にした。できれば陽のあるうちに秋吉台を見ておきたいと思ったのだ。17時ちょうどである。

つづく
b0060919_23343786.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-24 23:21 | 連載
十三日間日本一周 drive03 2nd day 山陰を行く
朝7時ごろに鳥取砂丘を出発。鳥取市内のコンビニで朝食を調達する。知らない土地のコンビニというのは不思議な感じがする。まったく知らない場所なのに、見慣れたローソンの看板に店構えである。ただ、店内の品物は微妙に異なっている。あまり見ないメーカーの雑貨や、雑誌類も山陰地方用のものが並べられているわけだ。もちろん当たり前のことなのだが、こんなささいなことでも旅気分を味わっていた。

ルートの選択はナビに任せて、俺は到着時間の短縮に専念することにした。とりあえずクルマを前に走らせる。
前に山陰に高速道路はない、と書いたが正しくは存在する。ただし米子から松江の先までであり、あまり長くないので今回は利用しないことにした。鳥取から日本海沿いの国道9号でひたすら西へ向かう。
夜はまったく景色が見えないので本当に純粋な移動だけになってしまうが、昼間は移動そのものが観光であり旅の目的でもある。知らない土地の独特の風景や家屋を見るのは本当に面白い。地方に行くとなぜか似た家ばかりが並んでいるのである。もちろんそれは土地柄や気候条件に拠るものなのだろうが、例えば親戚が集まると似た顔ばかりが揃うということに似た面白さがあるのだ。

道路が西に向かっているのに海が右側にあるというのはもちろん日本海側独特の条件だが、これだけでもまた遠出したことが実感させられて、俺は自由な気分を味わっていた。この時点ではまだ孤独を感じていない。当面の目的地がいくつかあるため、そこまでの移動でもあるという側面もあったからだろう。

国道9号をひたすら走る。雨は明け方だけであり、天気は快晴そのものだ。ずっと見えている日本海も穏やかで青く美しい。山育ちの俺にとって海はちょっと見えただけでも感激の対象である。海岸沿いのドライブなど、それだけで最高の気分になれるのだ。海沿いの道は入り江ごとに集落があり、それぞれに漁港があるようだ。もちろん田畑もあるが、半農半漁の農漁村なのだろう。

大山の北側を回り、米子、松江を抜け宍道湖畔を抜けると出雲だ。
出雲大社に寄りたいなと思っていたが、すでに昼である。まだまだ先は長い。昼食はコンビニで済ませ先を急いだ。
つづく
b0060919_0405920.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-22 13:21 | 連載
十三日間日本一周 drive02 2nd day 腰痛とナビ
出発にあたっていくつもいくつも懸念があったのだが、その最たるものは腰痛である。
25歳でぐっきりやってしまってからは年に数回痛みがある立派な持病となってしまっていて、このときも3月アタマの引越し(離婚に伴う)の際に悪化させてしまっていたのだった。
なので出発時点で俺はコルセットを巻いている。あと低反発タイプのクッションを腰の下に入れて痛みの軽減を試みていた。姿勢を変えなければ痛みはあまりないので、運転中は問題なかった。しかし乗り降りのときはまだかなり痛む。旅先で悪化して身動きが取れなくなるのは正直怖かった。が、勢いを殺すほどの懸念ではなかったので、そのまま飛び出してしまったのだ。

離婚が決まってからしばらくして、俺はこの旅を思いついていた。まだ高く売れた当時のクルマを手放して、代わりの安いクルマを探していたときだ。田舎に引っ込むことは決まっていたので、使い勝手を考えるならワゴン車だなと思っていた。4WDが欲しいとは思うが、さすがに予算的に苦しい。数軒中古車やをはしごしたあと見つけたのがアコードワゴンだった。3代前の初代アコードワゴンである。本体19万円。トランクにはまだ使えるスタッドレスタイヤが積まれていた。距離は78000キロほどだが、車内もきれいで悪くない。なによりかつて憧れたクルマだ。自分の中では否定する要素をいかに納得するかという作業に入っていた。つまりもう買う気だったわけだ。

アコードワゴンはアメリカ大陸の広大な道をゴゴーっとひたすら走るというイメージがある。俺だけかな。そんなイメージも手伝って、その日のうちにもう長旅に出るという構想が生まれていた。まだ日本一周までは考えていなかった。そもそも出発の段階でもまだ日本一周はできないだろうと思っていたのだから。ただとにかくどこか遠くへいってしまいたいなあと漠然と考えていたのと、道具が一致したことで現実味が出てきた、そんな段階に過ぎなかったのだが、とにかくその時から俺は旅に出る準備をはじめていたのだ。

アコードワゴンを買う際にひとつ大きな問題があった。カーステのコントロール部が断線しているらしくまったく操作を受け付けない。止めるどころか音量も下げられない。ディスクも出せない。ラジオも聞けない。しかも入ったままのディスクはなぜか浜崎あゆみだ。中古車屋で引き取ったあとその足でオートバックスに飛び込んだのは言うまでもない。そこでMP3対応のカーステをつけたのだが、「ついで」にナビとETCもつけてしまった。そのほかもろもろあわせてほとんど本体と変わらない金がかかってしまったのは俺の当時のヤケクソっぷりが伺える事実である。

てなわけで離婚と引き換えに俺は アコードとナビ=旅のきっかけ を手に入れることができたのである。

退職金の残りやクルマ乗り換えの差額はあるにせよ、この旅に使える金はそれほど多くない。ガソリン代と有料道路フェリー代のほかは極力出費を抑えていかないとならないだろう。基本的にはクルマ野宿で宿代をカット。食事もまあ名物とか食いまくるのはキビシイのでチープに済ませるほかないだろう。風呂は最近クアハウスなどが増えているので困ることはないだろうなと考えていた。

高校生の頃、北海道一人旅や野宿旅に憧れていた。大学に行った友人が深夜特急さながらのアジアの旅をしたと聞いてうらやましかった。結婚前は本気でニュージーランドに行こうと考えていた。旅や冒険への憧れはもともと強かったのだが、現実にするパワーが俺には欠けていたのだった。
結局のところ、仕事も自分から辞めたわけではないし、離婚を切り出したのも元妻の方だし、これら全部他力本願的に自分が宙ぶらりんになった、というだけだ。自らの意思で日常から飛び出して冒険をしようと思ったわけではなかった。鳥は自分で鳥かごを破壊しようとまでは思わなかったのだ。誰かがかごのフタを開け、誰かが追い出したので飛び出したに過ぎないといえば自虐が過ぎるだろうか。
ともかく、かごから出された鳥は、この状況を自由だと考えた。あとは飛ぶだけだ。餌のことは腹がへってから考えよう。まずは飛ぶことからはじめよう。

飛んで、そして最初に降り立ったのが、この泥の山である。鳥取砂丘は明け方からの雨でしっとりと濡れ、黒く静かに眼下に広がっていた。思い描いていた「砂丘」とはまるで違うそのありように、俺は「なんだ、ただデカイだけの砂浜かよ」と苦笑いをしていた。

地図は全国が載っているおおざっぱなものだったが、局地的にはナビが助けてくれるので心配はない。というよりこのナビがなかったら今回の旅は成立していなかっただろう。目的までの所要時間予測は、ナビでなければ難しい。行き当たりばったりの旅で、その日どこまでいけるか見当がつくということほどありがたいことはなかった。寄り道できるのかできないのか。それがわかるだけでもかなり違う。目的地を変えても即座に計算されるので、判断もその場でできる。また主要な施設の連絡先があらかじめ登録されているのもありがたい。カロッツエリア万歳。

地図上で山陰を見ると高速道路がないことに気づく。一部バイパスのようなものはあるが、高速道路と呼べるものはない。これはいままで知らなかったことだ。出雲大社あたりを抜けて、一気にぬけてしまおうかと考えたとこで、「萩」という地名が目についた。
「萩焼か」
好きな焼き物である。行こう。
えてして土産物屋というものは閉店が早いことが多い。夕方までに着けなければ1日無駄になる可能性がある。俺は目的地を萩に定め、先を急ぐことに決めた。
b0060919_8492638.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-21 08:36 | 連載
十三日間日本一周 1st day drive01 砂漠
クルマを止めライトを落とすと、眼前にはただ暗闇があるだけだった。エンジンを止める。
暗くて何も見えないが、そこには砂漠があるはずだ。現在午前4時。日の出までは時間がある。少し眠ることにして、後部座席に移動した。アコードワゴンのリアシートの幅では体を伸ばして眠る事はできない。シートを倒して荷台とフラットにして体を伸ばす。毛布だけで大丈夫だろうか。少し不安はあったが、寒ければ目が覚めるだけだろう。
暗闇で目を閉じると、すぐに眠りについた。

朝から出発するつもりだったのだが、出がけに済ます用事が増えてしまい、結局出発は午後になってしまった。それでも日が暮れる前には高山を通過できたので、まだよかった。飛騨清見のICから東海北陸自動車道に乗る。後日のことになるが、白装束の集団が車列を作っていたあのあたりである。もちろん当時はそんな団体のことなど知る由もなく、日が暮れる中先を急いでいた。

1日目でどこまで行くかまだはっきりとは決めていなかった。この時点で決めていたのは、ただとにかく鹿児島を目指すというだけ。そこまでに寄る場所というものは、なんとなくしか決めていなかったのだ。通りすがりに面白いものがあれば見て回ろうと言う気楽な諸国漫遊を決め込んでいたわけである。
1日目に鳥取まで行けるだろうとは思っていた。夕暮れまでにたどり着いて、砂丘あたりで1泊目にしようと目論んでいたのである。しかし、夕暮れの時点でまだ飛騨清見辺りである。果たしてどこまで行けるのだろうか。この時点ではまだ自分の移動能力は未知数である。

東海北陸自動車道から東名〜名神自動車道へ入る。米原JCTから北陸道へ入り、木之本で降りた。ここまで休憩らしい休憩もなかったので、少し休む事にした。ICからすぐのコンビニでクルマを降りる。この時点で22時ちょうどぐらい。なかなかのペースではある。
地図を見る。ここ先山陰道には高速道路がない。ひたすら一般道を進むだけだ。

琵琶湖が近いが、ここは先を急ごう。どうにか夜のうちに鳥取まで行き、初日の遅れを取り戻したいのだ。
夜道を走ると、いろいろな事が頭に浮かぶ。なぜ離婚するはめになったのか、誰が悪かったのか。自問自答が続く。家を最後に出る時、見送った息子の泣き顔が脳裏をよぎる。この旅の途中に最初の面会が予定されている。つい最近まで自分の家だった家に他人となってから訪れるのはどんな感覚なのだろう。
天橋立の先のあたりで夕食。夜中にやっている店など限られる。吉野家の牛丼がこの旅の最初のディナーになった。

ひたすら走ること数時間。午前3時になってようやく鳥取砂丘エリアにたどり着いた。まったく灯りがないので、道路から離れたところがどうなっているかまったく見えない。適当な駐車場を見つけて停車した。少し先にはコンビニもあるが、この近辺はほとんど何もない。地図を見る限りでは、このクルマの前方が砂丘のはずだ。とにかく朝を待とう。今日のノルマは果たしたのだ。

朝6時。自然に目を覚まし、体を起こして車窓から外を眺める。眼前には砂の大地が・・・・ということはなく、あいにくの雨で目の前には巨大な泥の山があったのだった。残念。
つづく
b0060919_7404567.jpg

[PR]
by naminos | 2004-11-20 01:13 | 連載