横浜FCと横浜FCと横浜FCとあと横浜FCなんかに関して書いたり書かなかったりします。ほかの事を書くこともあります。
by naminos
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カテゴリ:思い出( 36 )
NKGC
北の名店街がどうも消滅したらしい。
在京時に一度だけ足を運んだことがある。
OHMYの客と仕事をしているときにずっと通過していて、いつか行ってみたいなあと思ってた街だった。
詳しくはまたいつか別のところで。

街も人も少しずつ変わっていくのだな。
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by naminos | 2005-05-24 20:47 | 思い出
はたらくおにいさん5
次の仕事はカバーかけ機械のオペレーションである。主担当の社員さんがじゃんじゃん本をレールに流していくので、俺は脇からカバーやスリップやしおり、パンフレットなどを欠かさないように補充していく仕事だ。
帳合の機械よりはわかりやすいのでいいが、それぞれ数も形も違うのでかえって面倒な仕事だったかもしれない。

俺は割合器用な方だったので無難にいろいろこなしていたのだが、中には何やってもダメってキャラのヤツもいた。休み時間に参考書を読みふけっているメガネの男がいたのだけど、誰とも話すことなくいつも黙って勉強していた。おっさんの中には勉強アレルギーの人もいて、何かと揶揄していたが、彼は特に反応するでもなくいつもマイペースだった。ただ困ったのは仕事もマイペースだったことだ。勉強アレルギーのおっさんだけでなく、ヤンキー君も勉強さんが嫌いなようで、彼がミスをすると舌打ちをして後片付けをやったり、イライラをあからさまにして機械を止めたりしていた。勉強の彼は筋力的にいろいろ難しいのと、デキシタリティも見た目以上に不足しているようで、よく本の山を崩したり、崩れやすい山を積んだりしていたし、なにより動きが遅かった。そのせいで機械が止まることも少なくなかった。ただ、彼は結局俺が辞めるまでの間、辞めることはなく泣くでもなく、ただ淡々と仕事をこなしていた。あと休み時間は参考書を読んでいた。参考書の中身をどれだけ理解できていたかは俺にはわからない。そして結局彼と会話することは一度もなかった。

その頃は発刊される本が多い時期で、4時間ほどの残業をやったりしていたので、いつしか懐は結構あたたまってきていた。

ここだけの話だがたまに余った本(見本としてキープしているのとは別に余剰分が転がっていた)をもらえたりしたので、その頃は本を買わずに済んでいた。本の虫だった俺にとって、これは天職だったかもしれない。もっともそのあとの出版社のバイトはもっと読み放題だったのでさらに天職だったのだが。

2ヶ月ほど経ったころには、1日8時間の肉体労働が功を奏して結構素敵な胸板と腕に成り上がっていた。人生で一番マッチョな時期だったと思う。彼女もちょっとびっくりしてしばらく胸にはりついたりしていた。

そんなある日、伯父宅に戻ると俺に電話が来ていたと告げられた。待ちに待った出版社のバイトである。折り返しかけると、翌週から来いとの急な話だった。

翌日俺は社長に週いっぱいで辞める旨を伝えた。社長は慣れている様子で無愛想なまま給料の清算の手続きをしてくれた。最後の日、ヤンキーのあんちゃんは「お疲れ」とだけこれも無愛想に言い放ってくれた。カバー機の社員さんは、そうかーなんだーもうやめちゃうかーお前上手いからまたもどってこいよーまってるぞーと言ってくれたので嬉しかった。カバー点検のおばちゃんも優しく送り出してくれた。在庫管理のおっちゃんは最後に5冊ほどくれた。片目のおっちゃんも勉強アレルギーのおっちゃんも指が足りない社員さんも経理の姉ちゃんもみんなお疲れと言ってくれた。俺もお疲れ様ーと言って製本所を出た。

最寄り駅まで戻ってから、生まれて初めて一人で居酒屋に行った。ビールを2杯とやきとりを食べた。これが自分へのごほうびだった。

翌週、製本所で稼いだ金ともともとあった金で、横浜に部屋を借りた。横浜時代の話はまたいずれ。

おわり
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by naminos | 2005-04-20 20:00 | 思い出
はたらくおにいさん4
2週間ほど機械にはりつく仕事をしていたのだが、慣れてきた頃にパレットを切り回す仕事が割り当てられた。それまでは例のヤンキーがやっていたのだが、彼が機械のオペレーションに回ったので、その後釜に呼ばれたらしい。製本所は2階建てで、1階に刷り物が届くと、それを折り機へ運ぶ、折り機で折れた「折」を2階の製本機に届ける。製本し断裁してカバーをかけた製品を今度は1階に下ろすのが今度の俺の仕事だ。パレットはハンドフォークという道具を使って運ぶ。
http://img.yahoo.co.jp/images/employment/sw/special/200410/b-1_13.jpg
何か愛称があったが忘れてしまった。トンボとか言ってたかなあ。今の会社にも何台もあるけどね。

慣れてくるとこの仕事も楽しい。一日中グルグルと社内で運び続けても、あまり苦にならなかった。

昼飯は相変わらず一人で食べた。何を食ってたか忘れてしまったが、今ほどコンビニもなかったので、たぶんパン屋かなんかでパン買ってドームで食ってたんだろうなあ。あんまり店で食べた記憶はないな。なにしろあんまり金がなかった。

それでも週給制だったのでありがたかった。給料が出たときに伯父さんに食費を払うと申し出たのだが、いらんから自分のために使えと言ってくれた。ありがたかった。
当時彼女がいて電話はよくしていたが、その頃はケータイなんかなかったので伯父の家からすぐの公衆電話で長電話をしていた。真冬だったので寒かったが、相手は自宅なのであまり気にせず長話してくれやがった。テレカも1日1枚では利かなかったように思う。日曜日はデートもしていたと思うが、同じ関東でもちょっと遠かったのと、俺が貧乏だったのとで、デートは隔週ぐらいのペースだったんじゃないかと思う。確かその頃はホテルも我慢していたように思う。

1ヶ月経った頃、今度は製本機まわりの仕事に回された。折をパレットから下ろして帳合ごとに並べていく仕事だ。帳合を間違えると乱丁本になってしまうので、集中力を要する。ぼけっとしていると折が抜けてしまうので油断が出来ない。3日ほどだけだったが、一番きつかったかもしれない。

その次には、例のヤンキーに呼ばれて、彼の相方として断裁機で働くことになった。彼は手際が良いのでプレッシャーがかかったが、気にいってくれてるせいか上手くフォローしてくれたりして、俺たちはいいコンビだった。その後すぐに本来の断裁担当の社員が戻ってきたので、彼はアシスタントに戻り、俺は他の担当に移された。

つづく
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by naminos | 2005-04-20 19:38 | 思い出
はたらくおにいさん3
4日目から1人で昼食を摂るようになったが、元々一人でも平気なので何がどうということもなかった。

リボン入れの次に覚えたのは断裁後のチェックである。ふちがバサバサの本を大きなカッターでザックザックと切るときれいな見慣れた文庫本の形になる。3冊~4冊ぐらいごとにジャンジャン切っていくので、それを断裁から受け取って、10冊~12冊ぐらいにきれいに積んで、次の工程に送るのがこの仕事だ。その時に、製本時にページが折れていないかを本の脇をビッと見て確認する。たまに折れた状態で断裁されるものがある。それは一旦脇にのけておき、断裁機が止まったときに折れたところを引き出して、紙やすりでじょりじょり削ってきれいにしてやる。そしたら他のと同様に次工程に流せるのである。この紙やすりでジョリジョリやるのは気持ちが良いので俺の好きな作業のひとつだ。

ヤンキー風のあんちゃんはいつも動きが景気よくて、見ていて気持ちがいい。無愛想で怒ってるような顔だが、話しかけると意外に普通に応対してくれ、丁寧に教えてくれる。が、それは気分次第だったようだ。俺はわりと手際がよかったので少し認めてくれていたようで、それで対応がよかったのかもしれない。

断裁の次の工程はカバーかけである。見慣れた化粧カバーをかける専用の機械がある。動き出すとじゃんじゃん1冊ずつレールを流れていって、自動的にかぱっと開かれてカバーがかけられていく。その時についでにしおりやパンフレットを入れていくのだ。その機械を通すともう出荷状態である。最終確認をしてパレットに積み上げる。十分な高さに積みあがったら分厚いラップをぐるぐるにかけて出来上がりである。
ラップかけも俺の好きな作業である。ビビビビ撒いていくと非常に気持ちがいいのである。

一日の仕事が終わるとまたみんな仕事を中途半端なままにして一斉に帰る。社員の人は機械の点検などで残るが、40人ほどのうちほとんどアルバイトなのでロッカールームは満員になってしまう。ベテランのアルバイトは何か仲間と示し合わせてどこかへ出かけていくことが多かった。俺は特に誰ともつるんでなかったのでそのまま帰ることが多かったが、それでも新宿紀伊国屋に寄ったりして、あまりまっすぐは帰らなかった。

つづく
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by naminos | 2005-04-20 19:19 | 思い出
はたらくおにいさん2
その製本所は文学関連で大手の出版社の製品を専門に請け負っている製本所で、手持ちの文庫本を見るとその中にちゃんと製本所として名前が出ていた。面接は社長を名乗る無愛想で小太りの老紳士が受けてくれた。一応書いた履歴書をもっていくと特に質問もなく、すぐに給料額と支払日と勤務時間などを告げられ、いつからこれるかと聞かれたので、いつでもと答えるとじゃあ明日から来てくれと言われた。

製本所は工場である。朝は8時から機械が動くので7時50分には来るように言われた。三崎町という地名からはピンとこなかったが、駅は水道橋。東京ドームが見えるぐらいすぐ近くの路地裏だった。駅から近いのはありがたいが、伯父の家の最寄の私鉄からはあまりアクセスがよくない。7時前には出ないと上手く着けないので起床は6時半では遅いぐらいだ。それまで昼前までだらだら寝ていたたるんだ身には少々きついものだった。

それでも初日の緊張感から、上手いこと目覚めることができ、乗り換えもスムーズで、どうにか定刻には工場へ着く事が出来た。

俺と同様にこの日が初日だという若いのと一緒に古株っぽいおっさんに工場を案内してもらう。妙に愛想がよく、話もわかりやすい。いつも案内してるから慣れているのかもしれない。

ここでは印刷された大判の紙を折って、並べて、綴じて、リボンをつけて、リボンをはさんで、のりで固めて、表紙をつけて、断裁して、カバーをつけて、いろいろはさんで、積んで、出荷する。まあ製本所だから他にすることもないのだけど。

とりあえず初日なので、本を断裁するまえにリボンを手作業で挟み込む仕事に充てられた。ベテランのヤンキー兄ちゃんが妙に慣れた手つきでサクサクと作業を進めていくのを見て、こりゃ見事だなと思って、俺も手順を真似て、本の山を片付けていった。1ロット終わる頃には慣れて、あんちゃんと大して変わらないペースで出来るようになったので、特に熟練工でなくてもできるんだなと思った。まあそのあんちゃんは他の仕事もひととおりこなせるのでなかなか優秀な人材なんだけどね。

何種類めかの本をやりかけているときにチャイムがなった。あんちゃんやおばちゃんは本の山の途中でぱったりと作業やめて席を立った。俺はこの山だけでも済ませてからと思って作業を続けていたのだが、あんちゃんが「ほれ、終わりだよ」と促すので、ああ、途中でも「やめないといけない」のだなと空気を読んで、俺も席を立った。

昼休みは1時間だが外出も自由なのでとりあえず作業着を脱いで外に出た。朝一緒だった若いのが近くにいたので声をかけてみた。一緒に飯を食わないかと言うと、もう買ってあるというので俺も近くで買って2人で東京ドームへ行って食べることになった。

彼は朝鮮系の苗字を名乗ったが、日本人だと言った。俺は変わった苗字だねえとだけ答えたが特に何かを思ったわけではなかった。同じ苗字の在日の友人がいるのだが、特にその話をすることはなかった。だからといって何がどうということもなかった。彼はバンドでギターをやっているのだと言っていたが、詳しい話はあまり覚えていない。彼は3日ほど東京ドームで昼食を共にしたが、4日目から来なかった。それきり会っていない。

つづく
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by naminos | 2005-04-20 19:06 | 思い出
はたらくおにいさん
平成でいうとたぶん3年とか4年の頃だったんじゃないかと思うんだけど、浪人であることを辞めた俺はひと夏のあいだ三浪でもなく働くでもなく家業の手伝いをダラダラしていたのだが、秋の終わりごろに上京して伯父の家に居候を始めた。
もともとはつてで出版社のアルバイトをすることになっていたのだが、定員に空きがなくて、しばらく待って欲しいと言われ、またしても宙ぶらりんになってしまった。
手持ちの金もロクにないのでそのままずるずると居候を続け、タダメシを喰らっていたが、伯父も伯母も特に何も言わずに黙って置いてくれていた。内心どう思っていたかは想像できなくもないが、騒ぐわけでも荒らすわけでもないので追い出す口実もなく、何も言えなかったのではないかと思う。

クリスマスの前に少し単発のアルバイトをしたが、その話はまたいずれの機会に譲るとして、年の瀬も迫ったある日からしばらく続いたアルバイトの話をしよう。

いつ出版社のバイトの連絡が来るかわからなかったので、あまり長期のバイトは入れられず、いつでも辞められるバイトが望ましかったのだが、ある日買ったanに製本所のアルバイトの求人があった。
作家志望であるところの俺は、少しでも文学に関わりのあるその製本所の仕事にちょっと惹かれ、電話をしてみた。すぐに来いというので行くと、明日から来いというので急にバイトが決まってしまった。物事は決まるときは早いものだ。

つづく
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by naminos | 2005-04-20 18:45 | 思い出
そういえば
ウーロン茶じゃなくてジャワティストレートだったかもしれない
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by naminos | 2005-04-02 18:02 | 思い出
虚構だったと判明した記憶のストーリー9
その週末は気が狂いそうだった。
会いたくて会いたくて抱きしめたくて悶々と時間を潰した。
写真もないし、電話もかけられないし、手紙を書くにも家は判るが住所はわからないし、ましてや実家がどこかなんて聞いてもない。

俺は最後まで到達できなかった自分を悔いて悔いて本屋にいってホットドッグプレスを買ったり映画館の下見をしたり彼女が好きだと言った小説を買ってみたりとにかく彼女のことを考えていたい自分を満たすための行動を取り続けた。

月曜日の夕方に彼女の部屋まで行ってみたが留守だった。学部ぐらい聞いておけばよかったなあと思いながら、とりあえず待ってみたが帰らないのであきらめて帰った。
次に会えるとしたら俺がシフトを入れた次の週末なのかなと思いながら、帰宅と通学のルートを彼女の家の前経由に切り替えて、僕は訪ね続けた。週末になっても彼女は留守のままだった。

その日バイトに行くとシフト表が変わっていた。彼女の名前があったはずのマスには別のお姉さんの名前があった。それだけじゃなく全てのマスで彼女の名前が書き換えられていた。俺はまったく事態が飲み込めず、ただがっかりしてバイトをこなし、朝来たお姉さんに聞いてみたが、店長に急にシフトに入ってくれと言われたとだけしかわからなかった。

わけがわからないまま、ただもう一度会いたいと思い続けたがその術はなく、俺はひたすら彼女の家の前を通るだけだった。
1ヶ月ほど経ったころ、彼女の荷物が運び出されたことがわかった。カーテンなどがなくなっていたからだ。もうこれでコンタクトを取る方法はまったく思いつかない。俺は奇跡を願うだけで、いつか彼女が俺の部屋を訪ねてくれることを願うようになり、そしてその内何も考えなくなった。

次の春になる頃、俺は受験を理由にバイトをやめることにした。
店長に挨拶に行ったときに思い切って聞いてみた。
「んー?そんな子いたかな?」
「今ぐらいの時期に急に辞めた人で・・・」
「ああ、居たねえ。いい子だったのに。確か親から電話かかってきてね」
「なんかあったんですか?」
「原因わからないけど亡くなったとか言ってたな」





俺は店長に礼を言い、店を後にした。
彼女の部屋にはもう別の住人が住んでいた。
河原でしばらく泣いて家に帰った。

15年ぶりに現地を通ったら、そのコンビニはもう無かった。彼女のいたアパートも建替えられていて面影は無かった。俺の下宿ももうなかった。2人で歩いた道も形を変えていたし、行こうと思っていた映画館も去年閉館した。そして彼女の顔をはっきり思い出すことももうできないし、名前すら正確には思い出せない。

ただ、笑顔の印象と唇の感触だけがそっと記憶の一番底に残っていただけだった。

つづかない
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by naminos | 2005-04-01 23:42 | 思い出
虚構だったと判明した記憶のストーリー8
キスを終えてもその先に進めなかったのは2つ理由があってまず俺がどうしようもないぐらいに童貞だったということと、コンドームがなかったということ。そしてその2枚の壁を破るほどには酔ってなかったということだ。

彼女の方も思いを伝えた時点で満足しているような感じで、それ以上には積極的に動いてはくれず、何か2人で照れながらもじもじしていた。今となっては確かめる術もないが、彼女も未経験だったのかもしれない。

彼女は僕によりかかり肩に頭をあずけてきた。僕は肩に手を回して手を握って、またいろいろな話をした。

時計を見ると日付が変わるところだった。
「・・・お風呂終わっちゃってる・・・」
「あ、ほんとだ・・」
この部屋にも僕の部屋にも風呂はない。この辺りの学生向け物件の多くはまだ風呂がない。もっぱら銭湯を利用していた。
そんなこんなでとりあえず今日のところは帰ることになった。
当時は携帯などない時代。俺の下宿は電話がない。彼女の部屋もまだ電話がなかった。権利を買うのに7万円。ここの学生は2年から3年になるときに引越しをしなければならないので買わないで済ます人も少なくない。彼女もその一人だった。

「今度俺の家教えるね」
「そだねー。」
「・・・汚いけど」
「・・・そだねー・・」
言ってまた2人で笑った。
会話のテンポが心地いいほどに噛み合っていて、僕は彼女がとても好きになっていた。彼女はどう思っていたのだろうか。

僕は帰り支度をしながら聞いた
「明日どっか行く?」
「ごめんね。明日明後日は実家なのよ」
「そっか。じゃまた今度」
「どこ連れてってくれるの」
「お城以外のどこか」
「なんでお城以外?」
「お城は別れのジンクスがあるからダメなんだよ」
「地元情報ありがと」
かといって高校生が自転車で連れ出せる場所など限られている。市街の映画館に行くことにして、僕は別れを告げた。

「送るよ」
「待て待て。俺が送るならともかく、女の子に送らせるわけにはいかん」
「大丈夫だよ」
「ダメです。」
「ケチ」
「ケチなのかな?」
「違うかも」
「大人しく部屋に戻りなさい」
「はーい」
「じゃまた・・」
「ちょっとさ、寂しくない?」
「何。」
「何もなしで行くの?」
「えーっと」
「んーーー」
俺はまさかキスをせがまれているとは思いもしなかったので、あわてて唇を重ねた。周囲の目がないか気になってしまってあまり集中できなかった。
「おやすみー」
「風邪引かないでね」
「大丈夫大丈夫」
「また会えるよね」
「バイト一緒なんだし」
「シフト合わせちゃった!」
「照れるよ!」
「じゃね」
「うん」

僕らはもう一度だけキスをした。

そして彼女はいなくなった。

つづく?
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by naminos | 2005-04-01 23:06 | 思い出
虚構だったと判明した記憶のストーリー7
金縛りにあったまま動けない俺をとろんとした目でじっと見つめる彼女が50cmの距離にいるのに、俺はその僅かな隙間を詰めることができずにいた。
俺の脳は心拍に加速されて異常な速さで思考を始めていたが、キスとセックスの妄想とコンドームがないという結論が堂々巡りになるだけでまさに金縛り状態だった。

しかし会話だけは進む。
「年上とか気にする?」
「むしろ年上のほうがいいかも」
「そうなんだ」
「むしろそっちが年下でもいいのかって」
「今日まで年下だって思ってなかったもん」
「俺も最初は高校生だと思ってたけど」
「好きになったらさー」
「ええ」
「歳は関係ないねー。今実感した」
「俺も・・・」

金縛りになってる男はこのタイミングでも何もできない。
たぶんここで手を握るなり、顔を近づけるなりすればそれでいいのだけど、当時の俺にそんな呼吸など判ろうはずもなく、ただただ心拍が上がるに任せていた。

「飲もう飲もう」
彼女はキッチンへ行きビールをさらに持ってきた。
帰りたくない俺に断る理由があろうはずもなく、注がれるままに杯を進めた。
「乾杯~」
「今度は何に?」
「んー。相思相愛にとか」
「キャー。乾杯」
言ってて顔が赤くなったのは酒のせいだけじゃなかっただろうな。

その後僕たちは好きな映画の話とか好きな音楽の話とか好きな食べ物の話とか好きな小説の話とか好きなマンガの話とかを、深夜になるまで好きな相手とした。

俺はハッピーだった。彼女もたぶん。

会話が途切れたとき、俺と彼女はキスをした。長い長いキスだった。

つづきはまたいつか
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by naminos | 2005-04-01 22:27 | 思い出