横浜FCと横浜FCと横浜FCとあと横浜FCなんかに関して書いたり書かなかったりします。ほかの事を書くこともあります。
by naminos
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横浜物語 the youthful days 0004
引越しは簡単だった。

伯父の家に居候していたのでそれほど荷物はなかったからだ。
それでも持ち運ぶには多かったので伯父の車を借りた。

そのときの所持品といえば大半が本だ。当時の俺は月に文庫単行本区別なく30冊は読む本の虫だったので、居候3ヶ月分の本が山積になっていたのである。
伯父の車はセダンだったのでトランクと後部座席に本を、助手席に衣類や雑貨の入ったバッグを詰め込んで出発した。従兄が手伝うと言ってくれたが、何せ荷物がこれだけだ。その必要もなかった。

走り出しは慣れない首都の道なので焦りまくっていたが、10分も走れば勘ももどってコーヒーを飲む余裕も出てきた。
環八から第三京浜へ、横横道路を経由して保土ヶ谷まで1時間ちょっとだったと思う。
電車から見る横浜と、第三京浜から見る横浜は、また趣がまったく違っていて何か不思議な感じがした。

前日のうちに鍵をもらっていたので、不動産屋には寄らず、そのまま新居へ直行した。

駐車場はないのだが、前の道が通り抜け出来ないので、ほぼ専用駐車場のように使えて少し便利だった。もっとも車幅ギリギリしかないので長時間の駐車は非常に迷惑だろうと思うが。

到着したらちょうど昼時だったので、角のパン屋で惣菜パンを買って食べた。これからだいぶお世話になるパン屋である。日曜が休みなのが玉に瑕だったな。
パンを食ったらすぐに荷物を運び込んだ。

家財道具は高校時代に使っていたものが実家で眠っていたので、それをそのまま持ってくることにしていたのだが、バイトのほうが先に決まってしまったので、来週までは何もないままで暮らさなければならなかった。冷蔵庫、洗濯機、戸棚を次の週末に一度実家に帰り、バンに積み込んで持ってくることになっていた(確か弟に手伝わせたんじゃなかったかな)が、ベッドはこっちで買うことにしていた。

当時はまだバブル崩壊直後ということもあり、憧れていたライフスタイルの残像なんてもんも俺の中にあった。完全に再現するにはまるで金が足りないのだが、無いなりになんとかエッセンスだけは味わいたかったのである。

夕方、伯父の車を返しに戻り、その夜のうちに再び横浜へ来た。

実は引越しのことはあんまりはっきり覚えていない。なにしろ忙しかったのだ。
伯父の車で当時の彼女を彼女の家まで送り届けている記憶はあるのだが、
それが引越しの夜なのかいつのことだったのか覚えていない。
しかし伯父の車を借りたのは一度きりのはずなので、多分そのときに送っていたんだろうなあ。
でもどうやって待ち合わせしたのかなど全然記憶にないのだ。

しかしとにかく引越しの夜再び保土ヶ谷へ戻った俺に悲劇が襲い掛かる。

布団もベッドもない床で寝るのは寒かった。確かまだ3月である。我慢できないほどではなかったが、何せ暖房のダの字もない。ありったけの衣類やタオルを巻きつけてコートに包まってなんとか眠りについた。ガキのころに読んだキュリー夫人の若いころの貧乏エピソードが脳裏に浮かんだ。思えばカーテンもなかったんだなあ。あの夜は。無駄に広い(広くも無いが)に本の山に埋もれてぼろ雑巾のように眠った。悲壮感もなかったが希望に満ち溢れているわけでもなかった。なんとなく流れに身を任せてきたが、このバイトを始めるということはもう浪人はしないということに他ならない。もちろんその気になればまた受験を始めるという選択肢はあるのかもしれないが、少なくとも今年受験をしていないし、端から見ればとっくに大学なんて考えていないのかもしれなかったが、俺自身はまだそこまで割り切ってはいなかった。その夜までは。この夜を最後に俺が再度大学を目指すと発想することはもうなかったのである。(文章下手すぎ!いつか書き直し)

電話もテレビもなかったが、朝になれば目が覚めた。彼女と10時に待ち合わせだった。とりあえず必要なものを買い揃えるのを手伝ってくれるのである。昨日のパン屋で朝食を買おうかと思ったのだが、休みだった。その先の売店も休みだった。結局坂の下まで降りることになった。そこまで行かないとコンビニがなかったからである。

雑貨類は東急ハンズで買った。何を買ったかよく覚えていない。当時は家計簿をかなりきっちりつけていたので、探せば資料が出るかもしれない。
とりあえずベッドを買った。あと毛布。ベッドは3日後だっただろうか。確か。
ベッドと言えば聞こえはいいが、勝ったのはスプリングマットレスだけである。
雑誌にあるような床に直にマットレスを敷くような生活に憧れたのだ。
これは後日悲劇を生むことになるが、それはまた別の物語。
まあ金も足りなかったしね。今ならソファベッドなんかも豊富にあるけど、当時はあまりいろいろなかったような気がする。

あと小さな小さなセラミックヒーターを買った。とても小さかったが、俺にはとても必要なものだった。あと風呂関係のいろいろと、カーテンを買った。
他に欲しいものはあったが、手で運べるのはここまでだった。とりあえず。

彼女はまだ部屋を見ていなかった。
駅から団地の階段をひいひい言いながら登った。
彼女は純粋に荷物が重いとは言ったが文句は言わなかった。
俺たちは付き合いはじめてから1年ほど経っていたがそれまでは遠距離であったし、
俺が暮れから東京へ出てきてもなかなか会えなかったりだったのだが、
ようやく2人でゆっくりできる場所ができたわけで、
そんなやっと感が2人の間を満たしていた。

緑の壁にオウムの絵のちょっとばかり派手な概観を見て彼女は爆笑した。
事前に話はしていたのだが、現物は彼女の想像を上回っていたらしい。
部屋に入ると「きれいだけどあんまり広くないね」と言った。
そのとおり、俺の部屋はきれいだけどあんまり広くないのだ。俺は「まあね」と返事をした。

とりあえず買ってきたものを開き、カーテンをつけた。もう日が暮れてきたのでカーテンを閉めた。ヒーターをつけた。なかなか暖かくならなかったので、俺たちは2人で毛布に包まってキスをした。久しぶりの長いキスだった。

近くには食事するところが何もないので、彼女を送りがてら駅前まで降りた。このころの俺は「駅前に降りる」という表現をよくするのだが、それはもう実際に思いっきり坂を降りているからに他ならない。のである。

2人でラーメンを食べて、それから彼女を見送った。
2人でいると1人になった時の辛さは5割増な気がした。
部屋は本格的に寒かったが、昨日よりはマシだ。

俺は電話もない部屋でまた眠った。明日からバイトなのだ。
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by naminos | 2006-05-02 21:02 | 連載
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