横浜FCと横浜FCと横浜FCとあと横浜FCなんかに関して書いたり書かなかったりします。ほかの事を書くこともあります。
by naminos
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はたらくおにいさん4
2週間ほど機械にはりつく仕事をしていたのだが、慣れてきた頃にパレットを切り回す仕事が割り当てられた。それまでは例のヤンキーがやっていたのだが、彼が機械のオペレーションに回ったので、その後釜に呼ばれたらしい。製本所は2階建てで、1階に刷り物が届くと、それを折り機へ運ぶ、折り機で折れた「折」を2階の製本機に届ける。製本し断裁してカバーをかけた製品を今度は1階に下ろすのが今度の俺の仕事だ。パレットはハンドフォークという道具を使って運ぶ。
http://img.yahoo.co.jp/images/employment/sw/special/200410/b-1_13.jpg
何か愛称があったが忘れてしまった。トンボとか言ってたかなあ。今の会社にも何台もあるけどね。

慣れてくるとこの仕事も楽しい。一日中グルグルと社内で運び続けても、あまり苦にならなかった。

昼飯は相変わらず一人で食べた。何を食ってたか忘れてしまったが、今ほどコンビニもなかったので、たぶんパン屋かなんかでパン買ってドームで食ってたんだろうなあ。あんまり店で食べた記憶はないな。なにしろあんまり金がなかった。

それでも週給制だったのでありがたかった。給料が出たときに伯父さんに食費を払うと申し出たのだが、いらんから自分のために使えと言ってくれた。ありがたかった。
当時彼女がいて電話はよくしていたが、その頃はケータイなんかなかったので伯父の家からすぐの公衆電話で長電話をしていた。真冬だったので寒かったが、相手は自宅なのであまり気にせず長話してくれやがった。テレカも1日1枚では利かなかったように思う。日曜日はデートもしていたと思うが、同じ関東でもちょっと遠かったのと、俺が貧乏だったのとで、デートは隔週ぐらいのペースだったんじゃないかと思う。確かその頃はホテルも我慢していたように思う。

1ヶ月経った頃、今度は製本機まわりの仕事に回された。折をパレットから下ろして帳合ごとに並べていく仕事だ。帳合を間違えると乱丁本になってしまうので、集中力を要する。ぼけっとしていると折が抜けてしまうので油断が出来ない。3日ほどだけだったが、一番きつかったかもしれない。

その次には、例のヤンキーに呼ばれて、彼の相方として断裁機で働くことになった。彼は手際が良いのでプレッシャーがかかったが、気にいってくれてるせいか上手くフォローしてくれたりして、俺たちはいいコンビだった。その後すぐに本来の断裁担当の社員が戻ってきたので、彼はアシスタントに戻り、俺は他の担当に移された。

つづく
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by naminos | 2005-04-20 19:38 | 思い出
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