横浜FCと横浜FCと横浜FCとあと横浜FCなんかに関して書いたり書かなかったりします。ほかの事を書くこともあります。
by naminos
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十三日間日本一周 drive04 2nd day 古都・萩
米子から内陸部を走っていた国道9号は、出雲からまた海沿いになる。
出雲から大田、江津、浜田、益田と抜けていく。地名だけ並べると簡単だが、鳥取砂丘を出てから益田あたりで約300キロである。午後3時に益田を通過。あと1時間程度で萩に着かないことには後が困る。休憩もそこそこにひたすら日本海沿いを南西へ走り続けた。

そして午後4時前。どうにか萩のはずれの陶器店に到着した。萩市に入ってすぐのあたりのこの店は、ガイドブックに出ていたのでナビの目的地に設定していたのだが、なんだかいかにも土産物店という雰囲気で、正面には観光バスも何台か停まっていた。
体験教室や展示室などいかにも観光客向けの施設が並んでいて、ちょっと思っていたのとは違った感じの店だった。とりあえず店内に入り物色を始める。記念に1つ買っていこうと思っていたのである。
が、しかし、高い。うへえと声を出したくなるような高さだ。しかもなんかあまり俺の趣味に合うものがなく、どちらかといえば成金趣味な感じのものが、どうだ!とばかりに並んでいる。気に入ったものがあれば買うが、特に良くもなれば無理に買うことはあるまいと、10分ほどで店を出て早々にクルマに乗り込んだ。
店頭で萩のガイドマップを手に入れたので、とりあえずの行き先を探すと、どうやらこの辺りはまだまだ街はずれで、メインの萩は別のところらしい。早速移動を再開した。

萩市の中心部へはすんなりとたどり着くことができた。古都らしく静かな雰囲気の気持ちの良い街だ。観光用の無料駐車場にクルマを留めた。駐車場の脇に小さな陶器のほかに食品も扱っている土産物屋があり、そこのおばちゃんが声をかけてきたが「あとで寄る」と受け流して、徒歩で古い家屋が立ち並ぶエリアへ向かった。

b0060919_045860.jpg萩は吉田松陰の街である。松下村塾や伊藤博文生家など幕末にちなんだ史跡が多い。長州幕末の志士たちが過ごしたという通りには萩焼を扱う店が点々とあり、そこには自分が想像していた通りの萩焼が並べられていた。それらの多くは安くはないが、中には値段の手ごろなものもあり、土産に1つ買った。息子の食がだんだん太くなってきて、幼児用の器では足りなくなっていて、かといって大人用では大きすぎて扱いにくいため、代わりになる手ごろなどんぶりが欲しかったのだ。

b0060919_0425968.jpg買う段で店の主人としばらく雑談を交わす。萩の人間と山口の人間では気質が違うのだと言う。どっちがどうだと言っていたか忘れてしまった。平日で客も少なかったせいか、主人は丁寧に扱ってくれ、しばらく観光気分を味わうことができた。写真も何枚か撮った。夕暮れが近づいてきていたが、それもまたこの街の雰囲気を高めていて、最初の店で感じたがっかりかんはすっかり払拭されて、いい気分になっていた。
店の主人と話す中で、クルマで寝泊りしながら旅をしていると告げると、風呂などは大変でしょうと言われ、山口に抜けるなら湯田温泉が良いと教えてくれた。

駐車場に戻ると例のおばちゃんは団体客の相手に忙しいようでこちらに気づいてない。もう買うものは買ったので、すぐさま湯田温泉をナビにセットして萩を後にした。できれば陽のあるうちに秋吉台を見ておきたいと思ったのだ。17時ちょうどである。

つづく
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by naminos | 2004-11-24 23:21 | 連載
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