横浜FCと横浜FCと横浜FCとあと横浜FCなんかに関して書いたり書かなかったりします。ほかの事を書くこともあります。
by naminos
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十三日間日本一周 drive02 2nd day 腰痛とナビ
出発にあたっていくつもいくつも懸念があったのだが、その最たるものは腰痛である。
25歳でぐっきりやってしまってからは年に数回痛みがある立派な持病となってしまっていて、このときも3月アタマの引越し(離婚に伴う)の際に悪化させてしまっていたのだった。
なので出発時点で俺はコルセットを巻いている。あと低反発タイプのクッションを腰の下に入れて痛みの軽減を試みていた。姿勢を変えなければ痛みはあまりないので、運転中は問題なかった。しかし乗り降りのときはまだかなり痛む。旅先で悪化して身動きが取れなくなるのは正直怖かった。が、勢いを殺すほどの懸念ではなかったので、そのまま飛び出してしまったのだ。

離婚が決まってからしばらくして、俺はこの旅を思いついていた。まだ高く売れた当時のクルマを手放して、代わりの安いクルマを探していたときだ。田舎に引っ込むことは決まっていたので、使い勝手を考えるならワゴン車だなと思っていた。4WDが欲しいとは思うが、さすがに予算的に苦しい。数軒中古車やをはしごしたあと見つけたのがアコードワゴンだった。3代前の初代アコードワゴンである。本体19万円。トランクにはまだ使えるスタッドレスタイヤが積まれていた。距離は78000キロほどだが、車内もきれいで悪くない。なによりかつて憧れたクルマだ。自分の中では否定する要素をいかに納得するかという作業に入っていた。つまりもう買う気だったわけだ。

アコードワゴンはアメリカ大陸の広大な道をゴゴーっとひたすら走るというイメージがある。俺だけかな。そんなイメージも手伝って、その日のうちにもう長旅に出るという構想が生まれていた。まだ日本一周までは考えていなかった。そもそも出発の段階でもまだ日本一周はできないだろうと思っていたのだから。ただとにかくどこか遠くへいってしまいたいなあと漠然と考えていたのと、道具が一致したことで現実味が出てきた、そんな段階に過ぎなかったのだが、とにかくその時から俺は旅に出る準備をはじめていたのだ。

アコードワゴンを買う際にひとつ大きな問題があった。カーステのコントロール部が断線しているらしくまったく操作を受け付けない。止めるどころか音量も下げられない。ディスクも出せない。ラジオも聞けない。しかも入ったままのディスクはなぜか浜崎あゆみだ。中古車屋で引き取ったあとその足でオートバックスに飛び込んだのは言うまでもない。そこでMP3対応のカーステをつけたのだが、「ついで」にナビとETCもつけてしまった。そのほかもろもろあわせてほとんど本体と変わらない金がかかってしまったのは俺の当時のヤケクソっぷりが伺える事実である。

てなわけで離婚と引き換えに俺は アコードとナビ=旅のきっかけ を手に入れることができたのである。

退職金の残りやクルマ乗り換えの差額はあるにせよ、この旅に使える金はそれほど多くない。ガソリン代と有料道路フェリー代のほかは極力出費を抑えていかないとならないだろう。基本的にはクルマ野宿で宿代をカット。食事もまあ名物とか食いまくるのはキビシイのでチープに済ませるほかないだろう。風呂は最近クアハウスなどが増えているので困ることはないだろうなと考えていた。

高校生の頃、北海道一人旅や野宿旅に憧れていた。大学に行った友人が深夜特急さながらのアジアの旅をしたと聞いてうらやましかった。結婚前は本気でニュージーランドに行こうと考えていた。旅や冒険への憧れはもともと強かったのだが、現実にするパワーが俺には欠けていたのだった。
結局のところ、仕事も自分から辞めたわけではないし、離婚を切り出したのも元妻の方だし、これら全部他力本願的に自分が宙ぶらりんになった、というだけだ。自らの意思で日常から飛び出して冒険をしようと思ったわけではなかった。鳥は自分で鳥かごを破壊しようとまでは思わなかったのだ。誰かがかごのフタを開け、誰かが追い出したので飛び出したに過ぎないといえば自虐が過ぎるだろうか。
ともかく、かごから出された鳥は、この状況を自由だと考えた。あとは飛ぶだけだ。餌のことは腹がへってから考えよう。まずは飛ぶことからはじめよう。

飛んで、そして最初に降り立ったのが、この泥の山である。鳥取砂丘は明け方からの雨でしっとりと濡れ、黒く静かに眼下に広がっていた。思い描いていた「砂丘」とはまるで違うそのありように、俺は「なんだ、ただデカイだけの砂浜かよ」と苦笑いをしていた。

地図は全国が載っているおおざっぱなものだったが、局地的にはナビが助けてくれるので心配はない。というよりこのナビがなかったら今回の旅は成立していなかっただろう。目的までの所要時間予測は、ナビでなければ難しい。行き当たりばったりの旅で、その日どこまでいけるか見当がつくということほどありがたいことはなかった。寄り道できるのかできないのか。それがわかるだけでもかなり違う。目的地を変えても即座に計算されるので、判断もその場でできる。また主要な施設の連絡先があらかじめ登録されているのもありがたい。カロッツエリア万歳。

地図上で山陰を見ると高速道路がないことに気づく。一部バイパスのようなものはあるが、高速道路と呼べるものはない。これはいままで知らなかったことだ。出雲大社あたりを抜けて、一気にぬけてしまおうかと考えたとこで、「萩」という地名が目についた。
「萩焼か」
好きな焼き物である。行こう。
えてして土産物屋というものは閉店が早いことが多い。夕方までに着けなければ1日無駄になる可能性がある。俺は目的地を萩に定め、先を急ぐことに決めた。
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by naminos | 2004-11-21 08:36 | 連載
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